鋼の守護聖による日記の一部
「一発ぶちあげてやる」というのは当宇宙の首座の守護聖がときたま使う言葉で、何かの話の折りに、レオナードさんは以前は街の実力者だったらしいですよ、それっぽいですよねといつも元気なエトワールが教えてくれたことがある。資料が教えてくれるところによると、街の実力者というよりは街のならず者の中で威張っていた部類らしい。
聖地に召されて、首座たる光の守護聖となって尚、彼は我々守護聖をそのならず者たちと一緒と思っている節があり、私はいつもそれとこれとは全く違うのだと諭したくなるのである。
「どう違うってんだよ、研究員」
テーブルに足を載せて、足の裏ごしにこちらをやぶにらみする。
「元・研究員です」
その横では闇の守護聖フランシスが狸眠りをしていたが面白そうだと思ったのかぱちりと目をあけて、優雅に微笑んだのが目の端に映る。
「やめておけ、エルンスト」
ふるふると震えている肩を叩いたのは地の守護聖ヴィクトールで、その声には微かに笑いが含まれていた。不思議なことにヴィクトールはレオナードに対して甘い。甘すぎると思う。そのことを本人に告げたとがないが、元・将軍職のこの男にはおそらくレオナードが利かん気の子供のように見えるのであろう。レオナードのことを神鳥の宇宙の鋼の守護聖に似ていると漏らしたこともある。しかし、私はゼフェル様のほうが換算して百倍くらい優しさや思いやりや聞き分けの良さがあると推察する。元々、彼は部下以外には殊の外甘い。それだって職務上においてだけだ。
大体、神鳥の宇宙における問題児がゼフェル様、というのがあの宇宙がいかに安定しているかを証明している。研究員として勤めていた頃はこのような不安定な人員構成でどうやって宇宙が安定するのかに頭をひねっていたが、その時代が懐かしい。
「早く終わらせてくれないかな、描き掛けの作品があるんでね」
めんどくさそうにボールペンを手の上でくるりと一回りさせる元・詩人の緑の守護聖は目の前のノートには詩編が散らばっているらしい。
同情的なまなざしを注ぐのは元・国王で、不思議そうにこちらを見上げるのは元・占い師である。メルは私がどうして感情を乱しているのかがわからない。本質的になりすぎるというのはそういうことなのだ。一方で私は外形的になりすぎる。
「わかった、エルンストはレオナードに粗末に扱われているのが許せないんだな」
結論めいたことを述べるのが風の守護聖となった少年で、名前をユーイと言う。
「あん?俺は街の小僧どもを丁重に扱っていたぜ?研究員はどうだか知らねえがな」
目が笑っている。問題がすり替わっていることにようやく気が付いた。
「私は貴方が私をどう扱っているかを問題にしているのではありません。職務の責任の重大性が違うと…」
「まあまあまあまあ」
地の守護聖にさりげなくバトンタッチされた元・社長の炎の守護聖は意味無く笑ってみせた。
「ええと、まあ、それは置いておいて、議題は何でしたかなあ?」
「アルカディアの観光地区規制の問題ですね、では先ほど言った通りこれはお任せください」
阿吽の呼吸でティムカが続けた。
彼らは会議に慣れている。ヴィクトールも実は慣れている。慣れていないのは研究一筋に生きてきた私のほうなのだ。
「すいません、話を脱線させてしまいまして」
「いいってことよ、エルンストはん」
「反省しろ、研究員。ばーか、ばーか」
むっとするが必死で押さえる。この男は博識で知られる神鳥の宇宙の地の守護聖に対してさえ、馬鹿だの、頭が良いってホントなのかよだのと暴言を吐いたのだ。
フランシスが一人でにこにことしている。ああ、退屈していたようだから楽しいだろう。フランシスが優雅に口を開いた。
「ではこれでおしまいでしょうか」
と、そのときである。
散々妨害していたレオナードがいきなり手をあげた。
「あー、俺っちから、ひとつていあーん」
「そうですか、では、会議は終わりですね、それでは失礼します」
「って、おい待てよ!」
「あははは、面白いですわ、かないませんなー、冗談好きやなー、フランシスはーん」
ドアの前に無理矢理割り込んで、チャーリーがフランシスを引き留める。ああ、これに比べればジュリアス様とクラヴィス様はなんと仲の御宜しいことか。仲良きことは善きこと哉。
「で、何なんだ、レオナード」
ヴィクトールが落ち着いて尋ねた。レオナードはふふんと笑ってみせた。
「今度、神鳥のほうでパーティがあるだろ」
お茶会やパーティは彼らの日常と言っても差し支えない。
そこでレオナードの冒頭の言葉に戻る。
「ここで一発ぶちあげてやろうぜ」
私は眉間を押さえた。悪いことが起きるのは分かりきっていた。
◆
目の前に紫色の上着がある。毒々しい紫色だ。光っているのはサテンという種類の布であるからだ。背中の部分には獣が刺繍されている。これまた毒々しい色遣いである。なんとアルフォンシアを表現しているらしい。何故か黒と黄色の縞模様の猫科の姿で牙を剥いている。後ろには笹類の植物、さらに雪を頂いた山岳の背景。袖には黄色の刺繍の縫い取り「れおなるど組」と描いてあった。襟が硬く、詰まっており、裾は長かった。前で金のボタンで留める形になっている。
私にはファッションセンスというものが皆無だが、それでも非常に悪趣味というのが見て取れた。
レオナードは私の目の前で肩に羽織ってみせた。冗談のように似合う。
「これは何なのですか」
「イケてるだろー、学ランって言う民族衣装だそうだぜ」
それはおそらくこの前レオナードが出向した視察先の星の文化の話で、彼は職務を真っ当するどころか抜け出して、喧嘩沙汰を起こした事件があったのでよく覚えている。
これを頭に締めるんだ、ハチマキって言うんだぜと上機嫌に渡される。白い棒状の布に「押忍」と描かれている。
「わ、私にこれをしろと…!」
「今の執務服と変わんねーじゃん、ティムカはしているぜ」
顎で指された先ではティムカが悲壮な顔をして羽織ろうとしている。彼は国王であったという事情から、守護聖になると決めた時点で私などが想像もできないほど重い覚悟をしているが、それが時々裏目にでる。
あの会議の日、レオナードは揃いの服でパーティ会場に乗り込もうと提案したのであった。おそらく統率力云々をジュリアス様にでも意見されたのではないだろうか。皆が適当に相づちを打つなか、ヴィクトールは、奴は奴なりに真面目に考えているんだなと頷いていたがそういう問題ではないことは、この時点で明白である。
レオナードが皆を集めて言うには、今日はめでたく衣装あわせの日ということになる、らしい。
「わー、紫って好きな色なんだ」
「面白い形だな、うん、ヘンだけど面白い」
メルとユーイは無邪気である。
「うふふふ、お似合いですよ、ヴィクトールさんv」
フランシスは衣装箱に手をつけもせずに、他の者の悲喜こもごもを見ているのに忙しい。ヴィクトールはさっさと着込んでしまってサイズがどうのと言っている。相変わらず気にしない性格である。チャーリーは当然喜んでいる。「オプションでいじらせてー、俺専用っちゅーことで」などと、あれこれ注文つけて自分好みに改造するのに忙しい。
「わー、アイドルでみたいですわ、わくわくしますな」
「僕はそういうのは嫌いなんだ」
チャーリーの言葉に反応したのはセイランである。
「全員同じで連帯感をもたせようってのかい?気に入らないね」
それより、この衣装について言及すべきでないかと私は思うのであるが。
皆の動揺、無関心、反発に関知せず、レオナードは我々を背景にして意気揚々と腕を組んだ。
「行くぜ!野郎ども!見てろよ!」
その一週間後、パーティがどのように始まり、どのように終わり、どのように語り伝えられ、以後神鳥の宇宙の聖地からのパーティの招待状に必ず、とある一文が付け加えられるようになったかは私は日記でだって語りたくない。
